Welcome to Will

私は脊髄小脳変性症と多発根神経障害という難病を抱えて生きてきました。

脊髄小脳変性症と多発根神経障害、どちらか一つでも大変なのに二つも難病を引きずって、生きてきました。

脊髄小脳変性症に限らず難病を抱えて生きて行くには、誰も程度の差こそあれ脊髄小脳変性症のような神経難病の進行と闘うだけでなく、 その過程で様々な苦難というには生易しすぎる、過酷な運命に翻弄されるに違いないと思います。

私もいつも愚痴ります。
「頑張って、頑張って、頑張ってるのに、神さんはまたハードルを上げやがった」
脊髄小脳変性症の病気の進行だけでも大変なのに、過酷な現実は嵩にかかってやってきます。

私はサイトの中で、私が見つけた脊髄小脳変性症と多発根神経障害のリハビリを紹介していますが、 リハビリを重ねれば重ねる程、リハビリの極意のようなものを感じています。

一言でいえば、それは自分の中の力を信じて、どこまで続けられるかと言う事に集約されます。
その過程で私が気づいたのは、脊髄小脳変性症と多発根神経障害の進行に対抗するリハビリは、 脊髄小脳変性症と多発根神経障害がもたらす津波のように打ち寄せる過酷な現実との闘いと同じではないかと?

どちらに対しても、私は前のめりで生き続けたいと思っています。
それは弱音を吐かないという事ではなく、
弱音を吐きながら、泣きながらでも、そういう姿勢で生き続けたいということです。

私は決して理想論や絵空事でそんな事を言うつもりはありません。
脊髄小脳変性症と多発根神経障害という難病に翻弄され、脊髄小脳変性症と多発根神経障害がもたらした過酷な現実と 向き合う中で、「意志の力を信じないで誰を信じるのか」と思うからです。

リハビリは体との闘いであり、自分との闘いです。
そしてまぎれもない現実との闘いです。
それを気づかせてくれたのは、意志の力です。

<更新情報>

病気の改善に望みを託し、このサイトを訪問下さった方にお詫びと報告を申し上げます。

私は昨年秋以降、多発根神経障害神経障害という病気の急激な進行によって、手の筋力が衰え 食事もままならず、PC入力も困難になっています。

この後、進行は上肢だけでなく、下肢に、全身に、及んでいきそうです。
この間、私も必死でリハビリに取組み、今も続けていますが進行に勝てそうにありません。

その上、体調以上に大きな変化があって、途方に暮れている始末です。

こんな状態で、「意志の力で運命を切り開け」と言いながらリハビリの進め方を説くのも 白々しく、サイトを閉鎖しようと考えていました。

そんな時、70歳にしてハングル語に挑戦している方の話を聞いた時、我に返りました。
進行に歯止めを掛けられないだけで、挑戦することを放擲している自分に気づいたのです。

私自身が「意志とは」の中で書いていた「体調が改善しても・しなくても壁は存在し・・・」 のクダリを思い出したのです。

そうなんです。私の中にあった不安「進行は食い止められないかもしれない」
その時私はどう生きるか?
改善するに越したことはないでしょうが、進行を食い止められない。
その時こそ「意志の力で」 どのように前のめりに生きていくか?
意志の力の真骨頂は、ここからなんだと気づきました。
私は人のためではなく、先ず自分のためにもこのサイトを継続していこうと。

そのような事情もありまして、サイトの更新は頻繁に行えないでしょうし、 長い文章も困難です。掲示板のレスも短く、遅れがちになり、必要最低限にしたいと 思っております。その点ご理解、ご協力をお願いいたします。

                                     2008.3/15


失意の中にいる時、過酷な現実を前に悲嘆に暮れ・どうしてこんな時に笑えるかと思える時こそ「クスッ」と笑える 瞬間が必要です。心も身体もガンジガラメになっていては余裕が生まれません。

ハンドルに遊びが必要なように、心と身体にも余裕という遊びが必要です。

メニューバーの「峠の茶店」というブログでは暴走するオッサンとオバハンに歯止めがかかりません。 不適切な発言があるかもしれませんが「クスッ」と笑いとばしてください。
他のページの真剣な硬い側面とは違った表情を覗かせています。

「ま〜、そんな眉間に皺寄せんとお茶でも飲んで行き〜や」

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