医師と向き合う

どのような病気を抱えた患者であっても、どんな医師と巡り会うかは非常に重要な事です。 まして私達のように病気との関係が一生涯続くものにとっては、極めて大切なことです。 たくさんの同病者の方がこのことに心を砕かれておられます。 そして、殆どの方は時間経過とともに何人もの医師と関るようになります。 その度にやるせない思いを抱きます。

有効な治療法が見出せないまま徐々に身体の自由が奪われて肉体的・精神的に辛い状況に立つ者にとって、 医師の一言は、例え善意から出たものであっても、立場上妥当な発言であっても 患者に相当な精神的ダメージを与えるものです。彼らの予想や経験則をはるかに超えて。 患者の気力を奪い去るのは簡単です。一言で心はボロボロになります。

医師に望むもの、医師との向き合い方は百人百様です。良し悪しの問題でなく、医師に何を望むか、 その考え方の違いのように思います。

私が医師に望むのは、同じ目線で同じ方向を見てくださる医師と巡り会いたいそれを第一に考えています。 「診断」をはっきりさせることで医師は納得する側面があるように思います。 「治療方針」が同じであれば、私は検査に納得したくありません。 例えば、Aという検査をします。結果が陽性であれば、Xという病名で、 陰性であればYという病名になります。ところが、治療方針はどちらも同じく Bです。これは、検査によって「診断」は変わりますが、「治療方針」は 変わりません。

医師の中には自分の「検査」や「治療方針」を十分に患者に説明・納得させないまま事を運ばれる方もおられるのではないか と思います。確かに何の知識も持ち合わせない素人を相手に意を尽くし、時間を割くのは たくさんの患者を相手にされている現状にあって、至難のことだと思います。

だからこそ、私は医師に検査の目的や治療方針を聞くようにします。 誰にも公平で、手順に基づいた診察が行われて当然ですが、病院も市場経済の中に存在し、医師とて人です。 患者が望むものが百人百様であれば、自分が求めているものが何であるかは伝える努力をしないと、 伝わらないのではないでしょうか?立ち止まってもらえないのではないでしょうか?

医師は私達にとって遠い、近寄り難い存在です。 素人が医師に疑問を投げかけたり、説明を求めて気を悪くさせてしまうのではないかと、 ついつい医師を前に腰が引け卑屈になってしまいます。 医師との会話にはエネルギーを要します。まして初対面ともなればクタクタになります。 「大事な命をあなたに預けるのだから、あなたも全存在をかけて対応して欲しい」 そんな気迫で臨みたいと思います。

私は良い医師と巡り会うにも、それなりのエネルギーを費やし、努力が必要と考えます。 黙って何もしなければ、偶然を待つだけになってしまうのではないかと思います。 勇気を持って医師と向き合いたいと自分を叱咤しております。



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