介護する立場の方に

手を出さず「見守り、励ます介護を」

ここで私が言うことはあくまでも一般論です。正論です。 介護の具体的現場では、それぞれの環境や事情によって、様々ですし、一瞬が大事故に繋がりかねません。 それを踏まえてお聞き下さい。

私は、このHPでストレッチ&運動療法のやり方を説いています。 その基本はどんな障害・病気の人にでも取組み可能な事、特別な道具や器具に頼らないで自宅で簡単に継続出来る事 を念頭に置いてきました。

その根底にあるのは、リハビリは施設やPTさんにしてもらうのでなく、日常生活動作 (食べる・排泄する・入浴する・移動する・更衣等) そのものが、リハビリであるとい う認識に基づいています。

つまりリハビリは殊更特別なことをするのではなく、無意識にやっていた動作を 意識して繰り返すことだと思っています。

ですから現在の医療界でいうリハビリは医師の指示に基づき行われますが (特別な知識と技術が必要ゆえに)私のそれは特別な知識も技術も基本的には必要としません。

本人の主体的働きかけが前提ですから、孤独で地道な積み重ねこそが鍵になります。 それを支えるのは周囲の「見守りと励まし」です。「してあげる」よりは、やろうとする姿を「励ます事」です。

支障があるから他人に任せるではなく、支障があることを 意識した動作で積み重ねる。我々は一度何かに頼ると、次も頼ってしまいます。 いつの間にか、「やれない」「出来ない」と思い込んでしまいます。

決して「出来ない」のではなく、やらないだけであることを「気づかせ」てあげて欲しいと思います。 今の介護はある意味「行き届き過ぎて」被介護者の「意志(成し遂げようという強い気持ち)の芽」を 摘み取ってしまっているところがあるように私は思います。

補助輪のない自転車に乗れるようになるには、当人が「乗ろう」という強い気持ちで、 ペダルを踏まないと、介助する人は永久に手が離せなくなります。

食べようという意志・歩こうという意志・伝えようという意志・元気になろうという意志・生きようという意志等々 その意志をどうやって引き出すか?そのことを切にお願いしたいと思います。

ご家族の方々に

介護を必要とする方を抱えたご家族は、1年365日休みなく介護者と向き合い様々な困難 に直面されていると思います。その苦労は長期になればなるほどボディーブローのように、精神と肉体を 追い詰めていると思います。

然るに肝心なところで制度は、「前例はないから」「ルールに反するから」という理由で 懸命に生きようとする人間を遠ざけ、ルールに人間を合わせることを要求します。

それも存じ上げたうえでお願いしたいのは、介助に他人の手を加えることです。 身内が当たるとどうしても甘えがでたり、必要以上にやりすぎたりということが出てしまうからです。

出来ないことを「ヒトの世話になる」ということは、出来ない人間にとっては当然のことですし そのことは後ろめたく思う必要もありません。その事の是非とは全く別に、 出来るコトを維持し継続させるモチベーションがそこにはあります。

「ヒトの世話になる」までには心理的抵抗があって、段階があります。 誰しも出来るだけ世話にはなりたくありませんが、一回世話になると抵抗は薄れ、次第に慣れてきます。 その抵抗も身内のそれよりは赤の他人の方がバーが高いのが普通です。

その心理を利用して日常生活動作の継続をリハビリに結びつけてあげて欲しいと思うのです。 「見守り・励ます」ことは「手を出す事」より遥かに根気がいって大変です。 事故というリスクとも背中合わせです。

私もよく家族に注意されます。「怪我でもしたら大変だから自分でしようとしないで」とよく言われます。 私なんかの転倒は命に係わりかねないし、骨折でもして暫くの間動作に制限が加わるだけでも、機能回復には 相当の時間と労力を要します。場合によってはそれさえ叶わないようになるかもしれません。

しかし、私はそんなリスクを背負ってでも、自分のタイミングで飲み・食べ・話し・用を足す暮らし、 「生かされる」よりは自分の意志で「生きる」生活をしたいと思っています。

介護者の方には、その事を今一度お考えいただければと思います。 「出来ないこともやらせろ」といっているのではなく「出来る芽を摘み取らないように」という事です。