2007.3/20 客観的な目

年が明けてから体調もすぐれず、改善の手応えが掴めぬ日を過ごしていたためか、 靄のかかったような面持ちが続いていた。

先日、理学療法士さんの一言で我に帰った。 「ストレッチにしろ運動療法にしても、その一つ一つに明確な意図があって、それに基づいてリハビリを進めておられると いう印象があったのに、このところ焦りのあまり、あれもやりこれもやりしているうちに、決められたノルマをこなしている という印象を受ける」 確かに上肢の改善は私も理学療法士さんも手探りで試行錯誤の日々が続いている。

しかし、試行錯誤しながら進めていても、それぞれには明確な意図がある。 意図どおりの成果を得られたかどうかはある一定の期間の後評価を下せばいいだけなのに、 気持ちが虚ろになって、ある事をしながら気持は次の事・別の事に向かっていた。

それが如実に分かるのは、ストレッチの時だ。 同じ姿勢をとっても、意識が集中できている時とそうでない時では、 効果は全く違う。力を入れるのではない、感じるのだ。

形ではない意識が重要とHPの中で口を酸っぱくして散々説いてきたのに・・私もその罠に陥っていた。
客観的な目の存在は自分では気づかぬ姿勢や癖だけでなく、心も気づかせてくれる。
航路のない海に乗り出すのに羅針盤の役割を果たしてくれる人の存在に、喩え様のない感謝の気持ちで一杯だ。